上記のように列車砲は、史実の戦場では運用しにくい面のある兵器だったらしいのですが、
その割に(というよりそれゆえに?)ゲームや漫画など架空の創作物の中で
けっこうモチーフとして愛用されているような気がします。
今とっさに思い出せるだけでも、列車砲が(しかも割と派手な役回りで)出てくる作品が
3〜4つくらいはすぐ頭に浮かぶ。
戦場でうまく使うための条件が整いにくいけど、いざツボにはまった状況で使うとすごく強い…
という所が、確かに燃え心をくすぐるのかも知れない。
大友克洋氏が「MEMORIES」に関する書籍の中で、「列車砲というのは大時代的な存在で、
ものすごく大掛かりな仕掛けが必要なのに使い勝手はぜんぜん良くない。まさに巨大化してしまって
小回りの効かなくなった典型だ」というような事を語っているのですが。
(そういえばあの映画に出てくる大砲も、一発撃つのにやたら煩雑な作業が必要な描写だった)
列車砲という存在には、「旧時代の袋小路の怪物」みたいな異形性のイメージがどこかにあったりして、
創作物の中で好まれやすいのはその要因もあるのかも知れません。
バハラグのジークフリードやカールグスタフも、遠距離の敵に対しては悪魔のように強いけど
いったん接近戦に持ち込まれると反撃できず壊されていくだけ…といういびつさに、
そのあたりの宿命や哀愁が感じられるような気もします。
データ上はジークフリードの方が強力な敵キャラですけども、どういうわけか
私のイメージの中では、カールグスタフの名の方がまっ先に頭に浮かびやすい感があります。
どうも私の主観だと、“カールグスタフ”という名の方が「ふてぶてしい語感で強そう」「凶悪そう」
「いかにも兵器としての業を背負ってるっぽい名だ」みたいな印象になっているのだと思う。
その先入観もあって、確か一時期「ジークフリードとカールグスタフは、強い方がカールグスタフだ」
と間違って覚えていた頃があった気がします。
要するに一言で言うと、列車砲は浪漫だという事だ。
今回は諸事情によりらくがきですが、帝国巨大砲ブラザーズ(いま考えた名称)
はすごく好きな敵なので、いつかきちんと描きたいと永らく思っている物の一つです。
■■糸玉を辿る■■